2024年2月。約1ヶ月に渡るクライミングトリップのために、1人でアメリカ西海岸へと旅立った。
初めに、今回1人旅をしようと思い至った経緯を書いておきたい。
私は15歳から岩を登り始め、約12年間、クライミングに取り憑かれている。振り返ってみると、なかでも20歳の頃にカリフォルニアを初めて訪れたクライミングトリップが、もっとも衝撃的な出来事であった。クライミング観が一気に変わったことを覚えている。
まず、砂漠の真ん中に大きな岩がボーンとあったり、岩場の規模や景色が知っているそれとは全く違った。さらに、クライマーたちの岩への取り組み方。楽しむことに本気だということがすごく伝わってきた。そして、クライミング文化が世間一般にも根付いており、クライミングをしない街の人でもクライマーに理解があるカリフォルニアの環境。
「なんだか、これは居心地がいいぞ」
それまでは国体に選ばれるなど、コンペ中心のクライミングに取り組んでいた私にとって、今まで過ごしていた世界がいかに狭かったかを思い知らされた体験だった。この旅をきっかけに、その後はさらにクライミングにどっぷりと浸かる生活になった。
話を戻そう。
私事ではあるが、学業との両立が難しく、この3年間ほどはクライミングを休んでいた(今なら、もっとうまく両立できたかもと思うが…)。しかし、大学の卒業と就職にケジメがつき、社会人になるまでの間に時間ができたため、3年間の思いをクライミングトリップにぶつけようと考えたことが、今回の旅に出た理由である。
その際、マウンテンハードウェアの担当者に相談したところ快くサポートして頂くことになった。家族も然り多くの協力を頂いて私のクライミングが成り立っている事に、ここで感謝の気持ちを述べさせて頂きます。ありがとうございます。
ロサンゼルス空港に降り立つと、いよいよクライミングトリップが始まる実感が湧いた。予約していたレンタカーを借りてLAを後にし、トリップ初めの地となるジョシュアツリーへと向かう。トランジットの際に職員の手違いで荷物が届かないハプニングなどはあったものの、無事にジョシュアツリーにたどり着くことができ、ひと安心。
今回の旅は、1ヶ月間ほど単独でキャンプしながら、車でロサンゼルスからネバダ州、ユタ州のクライミングスポットを巡り、クライマーや自然との出会いを楽しもうという、総移動距離2500マイルの計画である。
じつは、完全単独で長い間海外に行くのは初めての体験だった。これまで3年間休んだこともあり、カリフォルニアという自分にとっての原点でもある場所を旅しながら、自分なりのクライミングを感じ、見つめ直してみたかったのだ。
今回の旅で、ジョシュアツリーには2度訪れた。ユタ州まで行く道中と、ロサンゼルス空港まで戻る帰り道である。
ロサンゼルスから3時間ほどにあるジョシュアツリーとは、その名の通り、ジョシュアツリーと呼ばれる木が群生している場所であった。見渡す限りの広大な砂漠に、異様なまでに等間隔に木々が生えており、花崗岩が集まった山が点在している。この、花崗岩の集まりがクライミングスポットとなっている。
ボルダーやトラッドクライミング、ショートマルチまでなんでもありなクライミング天国で、アプローチも比較的近く、テクニカルな課題が多い印象。最新のスポットというよりは、どちらかというとクラシカルなヒッピー寄りのクライマーが集まる雰囲気が特徴だろう。時間の流れがゆっくりで、自然の中で生活をしながらクライミングを楽しんでいる感じ。自然観光やキャンプにもおすすめのエリアだ。
ひとまず、初めてのジョシュアツリーだし、単独だったこともあり、情報収集のために近くのクライミングショップに立ち寄ってみた。すると、ヒドゥンバレーキャンプ場にクライマーが集まっているとのこと。早速、向かってみる。
キャンプ場には、世界各地からクライマーが集まっていた。ひとまず、クライマーらしき人に声をかけてみたら、早速バディーを組んでくれることになった。これがジョシュアツリーでのクライミングの始まり。アメリカのクライマーは、クライマーに兎に角優しい。良い文化である。
ジョシュアツリーでは、多くのクライマーたちと仲良くなることができ、砂漠のオアシスみたいなところであった。
次に向かったのは、レッドロック。ここも今回2回訪れたスポットで、行きしなに立ち寄った日は半日ほどボルダーをしただけだったが、ユタ州からの帰りには友人・ナカムーラと合流してマルチピッチやトラッドを行った。ナカムーラこと、中村さんは日本でよく一緒に登っていたバディで、今はカナダノスコーミッシュへと移住している。彼が日本を立つ際には、「いつか海外のどこかの岩場で会おう」と約束していたのだが、今回その約束を叶えることができた。感慨深い。
レッドロックとは、その名の通り、岩が赤い砂岩で形成されているエリア。車を走らせていると、景色がどんどん変わっていくので、旅人を飽きさせない。ラスベガスから車で30分ほどと街からも近く、ヨーロッパっぽいスマートな感覚が好きなクライマーが多く集まっている。ジョシュアツリーと、この後に紹介するジョーズバレーの中間的な雰囲気を感じた。
このスポットでは、ボルダーとマルチピッチに取り組んでいるクライマーが多く見られた。課題はどれも角が立っていて、シャープにできあがったものが多い。マルチにおいても、景色や課題のスケールがデカイ。世界的な高難度の課題も存在しているエリアの1つである。
ジョシュアツリーの花崗岩を登ってからレッドロックの砂岩を登ると、課題のテイストの違いを凄く感じる。ホールドのフリクションがなかったり、配置、ムーブが花崗岩と比べて傾斜がつき、よりダイナミックになる。これもまた面白い。
続いて訪れたジョーズバレーは、ユタ州に位置しているボルダーメインの、比較的新しいエリア。今っぽいクライマーが多く集まることでも知られている。
課題はボルダーオンリー。砂岩がメインでダイナミックな課題が多く、ホールドは不思議な形をしており、ホールドメーカーがシェイプの参考にしているほど。低グレードから高グレードまで良い課題が揃っており、ここもボルダー好きにとっては満足度の高い場所である。
ジョーズバレーでは、以前、日本に来たときに岩場を案内したアメリカ人の友人と合流することになった。
彼の仲間が日本に来るときには一緒に登ったり、自分が海外に行った時には別の友人を紹介してもらったり。SNSを通じて、どこどこに登りに行くから誰か仲間がいたら紹介してほしい、というのはクライマーの海外旅あるあるで、そうやって仲間の輪を広げていくことも多い。
「クライミングの縁は強く結ばれる」とある人から言われたことがあるが、今回はその言葉をつくづく身をもって実感したタイミングであった。
結局、仲間が仲間を呼び、アメリカ本国のマウンテンハードウェアアスリートであるカリーブ(@_calebrobinsonn)も参加して、私を入れた6人で日中はボルダリングをして、皆でワイワイ過ごした。
夜はキャンピングカーで宴会をしたり、キャンプで過ごしたり。キャンプ飯にタコスとカレーをご馳走になり、みんなで焚き火を囲んで夜通し話に花を咲かせ、最高の時間を過ごすことができた。
2日目の午後からは、あいにくの雪となった。砂岩のエリアは濡れるとホールドが脆くなってしまうので、あえなくクライミングをストップすることになったが、濃い時間を過ごすことができた。
クライミングの出会いや繋がりは素敵だと思う。なんせ、国境も言語の壁も超えるからだ。
またこうして出会えることに、心が躍る。
ジョーズバレーで登ったあと、日本で一緒に登ったことのあるアメリカ人の友人、テイラーから久しぶりに連絡がきた。
「今近くに住んでいるから、一緒に登ろう」
ご縁は連続する。約7年ぶりの再会である。車で2時間半ほど移動した先のモアブというスポットで一緒に登ることになった。モアブも、レッドロック同様、赤い砂岩で形成されている特徴的なエリアだ。
無事に合流ポイントのレストランで再会を果たす。7年ぶりに会う彼は、何も変わっていないように見えた。夕食のハンバーガーを楽しみながら、互いの7年間のクライミング人生を語りあった。時が経っても、こうして変わらず語り合える友人が世界中にいることに感謝である。話は尽きない。
翌日は、モアブのエリアでボルダーをして一日過ごした。
テイラーと一緒に登っていると、日本人姉妹に出会った。
「まさか、モアブで日本人クライマーに出会うなんて」
それだけでも驚きだったのに、彼らは偶然にも、たまたま同じ時期に、同じスパンでアメリカに登りに来たのだそう。クライミングには、何か計り知れない力があるのではないかと思わされた。
そして、出会いもあれば別れもある。僕らは再び会う約束をし、別れを告げてまた次の目的地に向けて車を走らせた。
今回は約5年ぶりの海外クライミングトリップだったが、「やはり、クライミングは良い」と改めて実感した旅だった。強度的には昔の方が登れた(体が軽かった!)けれど、技術的には今の方が登れるし、自分のクライミングの幅は確実に広がっていると感じることができた。1人で旅をしたからこそ、気がつけたことが多かった気がする。まだ世界を見たことがない赤ちゃんのような新鮮な気持ちでなんにでも感動できたのも、1人だったからこそなのかもしれない。
私は本当は仲間とああでもない、こうでもないなんて話しながら、ワイワイ登るのが好きだ。しかし、人が多いと考えずに済んでしまうことがたくさんある。移動や目的地選び、意思決定の全てが自分にあった今回の一人旅は、無駄に考えることがたくさんあったのが良かった。自分なりの判断基準をじっくりと考えるきっかけになり、自分のペースを乱さなくていいんだと実感できたのだ。
今は仕事をしつつ、いろいろなチャンスを経験しながら、クライミングを続けて好奇心を広げていきたいと考えている。365日、100%クライミングだけをするのではなく、適度な距離感を保てた方が自分にとっては良いのではないか、と改めて思い至ることができた旅であった。
また、アクションを起こす人には運がついてくるってことを、身をもって体感できたことも良かった。タイミングよく、色々な人に出会えたり、紹介してもらえたり。どこに行ってもそうなるのでね。
今回は季節が合わなかったが、次にアメリカに行くときにはヨセミテの大きな壁に挑戦してみたい。アラスカに住んでいるクライマーとも知り合えたので、アラスカにも登りに行ってみたいと、次への課題も見つかった。これからも引き続き、好奇心を持ちながら心躍る方へ歩みを進めてゆきたいと思う。
「Have a nice trip」
Text & Photos:野村英司