<杉坂勉の2024年ヨーロッパガイド活動報告>
憧れの海外登山をサポートする「国際山岳ガイド」の仕事とは

日本山岳ガイド協会によると、令和5年に登山のガイド資格を持つ正会員数は2,164人。中でも、国内外で活動できる「国際山岳ガイド」はわずか41人、全体の2%弱と非常に限られた存在です。
そんな国際山岳ガイドの1人、杉坂勉さんが今年もヨーロッパでのガイド活動を終えて、無事に帰国しました。国際的なガイドにも取り組む彼の活動報告を通して、国際山岳ガイドの仕事とは一体どのようなものなのかを知り、日本とは異なる海外登山の魅力にも迫ってみましょう。

「国際山岳ガイド」とは、ひと握りの超エリート集団

活動できる範囲と季節によって、日本のガイド資格は細分化されていることをご存知でしょうか。なかでも、世界中の山々で通年活動できる国際山岳ガイドへの道は、非常に狭き門となっています。
試験には、厳正なる書類審査や筆記試験があり、検定を兼ねた海外での研修も全てをパスしなければなりません。クライミングからスキーに至るまで、登山全般に渡る幅広いスキル、知識、そして精神面と体力面でも高い資質が試されます。つまり国際山岳ガイドとは、数多いるガイドの中でも厳しい選抜試験をくぐり抜けたひと握りの超エリート集団なのです。

「正直に言うと、国際山岳ガイドという他の人が持っていない権威や栄誉が欲しかった時期はありました。ただ周りに認められたい一心で、最初の受験動機はすごく不純なものだったと思います。ただ、僕は研修を経て資格を得るのに6年かかったのですが、その間に教官や先輩の話を聞くうちに大きな思い違いをしていたことに気がつきました。
国際山岳ガイドというバッジを付けて、胸を張ってガイドをしたい。その気持ちは否定しませんが、この資格を持つこととは権威を得るためのものではなくて、責任を引き受けることだと。登山の技術や自然に対する考え方、お客さまへのホスピタリティも含めた責任を負うのが僕らの仕事です」

夏の2ヶ月間、1週間単位のツアーが続く

彼らのガイド活動範囲は、国際山岳ガイド連盟に加盟している全ての国の山が対象となります。国際山岳ガイド資格の所有者であれば、現地のガイドオフィスで最新の情報を得たり、スムーズな活動ができるようサポートを受けられるそうです。近年は北米や南米、ネパールなども協会に参加するようになりましたが、杉坂さんは主にヨーロッパを拠点に活動を続けています。

「滞在期間は、ヨーロッパアルプスのハイシーズンにあたる7、8月です。まず、どこでどんな山登りをするか、日本の旅行会社を通じてツアーの募集をかけます。全ての予定が決まるのは、毎年出発直前です。
大体1週間単位、マンツーマンでお客さんとご一緒するのが、ヨーロッパでの僕のガイドスタイル。日程には登山の日数+予備日も含まれているので、天気が悪くて登れなかったり、余った日があれば、一緒に街を観光することもあります。シーズン中は、ツアー後にお客さんを空港に送り届け、数時間後に次のお客さんを迎えるという繰り返しの生活が2ヶ月間続きます」
ツアー参加者は、滞在中は現地での移動や山小屋の予約など、登山以外の部分もケアしてもらえるのも嬉しいポイント。ガイドと一緒であれば、初めての海外登山挑戦でも不安を感じることはありません。

「僕らガイドはホテルや山小屋だけではなく、知り合いの日本人の家に泊めてもらうこともあります。恵まれた環境ではありますが、やっぱり日本とは全く違う感覚で毎日を過ごしていますね。
あえて難を上げるなら、歳を重ねるにつれて食生活には少し苦労するようになってきました。向こうはメインが肉とチーズばかりなので、それが続くと帰国前くらいにはかなり飽き気味に…。自炊する日もあるので、そんな日は好きなものを食べて気分をリフレッシュしています」
ちなみに、杉坂さんの好物はラーメン。スイスでは1杯3000〜4000円もしますが、それでも食べたくなるそうです!

例年、もっともハードルが高い山はマッターホルン

2024年は6月末から8月末の2ヶ月間、拠点を移しながら以下のようなガイド活動を行ってきました。

  • スイス グリンデルワルド:アレッジ氷河でトレッキング
  • スイス ルツェルン:1日余ったのでお客さんとルツェルンで観光
  • フランス シャモニー:ダンデジュアン(フランスとイタリアの国境)でクライミング
  • スイス ツェルマット:マッターホルンへ。ヘルンリ稜からアタックしたが登頂はできず
  • フランス シャモニー:モンブラン
  • スイス グリンデルワルド:アイガーへ。ミッテルレギ稜からアタック

ツアースケジュールには、登山者なら誰もがいつかは登ってみたい、憧れのヨーロッパアルプスの名峰がずらりと並びます。もちろん、海外登山も日本と同じように計画から準備まで、全てを自分でアレンジすることもできます。しかし、日本と環境やルールが大きく異なるヨーロッパの山々に安全かつ確実に登るためには、経験豊富な国際山岳ガイドに依頼するのが1つの近道になります。

「今回のツアーの中だと、マッターホルンがダントツにハードルが高い山です。ローカルガイドが定めたルールが厳格で、朝の何時スタートということまで決められている時間的な制限が大きい。その枠の中で登らないといけません。
ヨーロッパの山小屋は完全予約制システムです。収容人数以上は絶対に入れないから、これが結果的に入山制限の役割も兼ねていて、その日登るパーティの数も把握されています。また、日本の登山と比べると、体力面、スピード面で厳しく、ルールの制約がある山が多いですね」

今回、マッターホルンはチャレンジしたものの、さまざまな条件の問題が重なって間に合わず、残念ながら登頂することはできなかったそうです。
「国内とは違って何回もチャレンジできるところではないですし、無理はさせられないけれど、できるなら登らせてあげたかった。現地ガイドに依頼するという選択肢もありますが、ジャッジがよりシビアなので、体力や技術が足りないと見られると入山前に断られてしまうこともあります。日本人ガイドに依頼するメリットとしては、そのあたりの融通が少しだけ効くところですね」

モンブランからの下山中、岩雪崩れで危機一髪

毎年のように通い続けているからこそ、気がつく変化もあります。近年は温暖化の影響で、山の様子が徐々に変わってきているそう。特に今年はモンブランの落石が酷かったと振り返ります。
「下山時の朝、ちょうどグラン・クロワールというルンゼを渡り切ってすぐに大規模な落石がありました。岩陰で危なかったねなんて話をしている間も、尾根を乗っ越して飛んでくる石があるくらい規模が大きかった。その後、動き始めて数分後、1本下流にある別のルンゼが大崩壊してしまい、僕らの真上だったのですが、たまたま岩陰にいたので幸運にもやり過ごせた。岩雪崩自体は毎年起きていますが、ここまで危ないタイミングに当たってしまったのは初めての経験でした。

これだけ大きな規模の岩雪崩でも怪我人が出ないこともあるし、2、3個落ちてきた石に当たって亡くなってしまうこともある。モンブランに限った話ではありませんが、近年は永久凍土が温暖化で溶け出してしまい、崩れたり、剥離するということがあるようです。どこに危険があるか、いつも気が抜けません」
多少のリスクはあろうとも、長年登山者たちを魅了し続けてきたヨーロッパアルプスの魅力は色褪せません。そんな山々を安全に登るために必要不可欠なのは、常に最新の状況を調べて、情報を更新していくこと。そして、現場での迅速な判断です。
杉坂さんは、登山の拠点となるシャモニーやグリンデルワルト、ツウェルマットにあるガイドオフィスで常に最新の情報を集めており、実際に登って得た現場の状況を日本人の国際山岳ガイドグループと共有しているそうです。
ちなみに、今シーズン同じエリアで活動していた仲間の国際山岳ガイドは6人ほど。他を入れても、コロナ禍以降にヨーロッパで活動している日本人の国際山岳ガイドは10人弱と、いかに稀少な存在なのかがよくわかります。

「アイガーは自然的な要因のリスクが高い場所は、モンブランほどはありません。今回は2回登りましたが、稜線上や山頂に雪がなくて、岩の上で記念撮影をしたことがとても印象的でした。
海外登山の良いところの1つは、憧れていた山に挑戦することで、帰国後の生活に張りが出たり、人生に誇れるものができること。それは転じて、仕事を頑張る理由や家族に優しくする理由になると思います。一緒に登った山がきっかけで、お客さんの人生がより良くなってくれたら、僕は嬉しい」

求められている限り、ヨーロッパでガイドを続けたい

コロナ禍の数年間は、日本の夏山で活動し、日本の山の良さを再認識したという杉坂さん。国内でもガイドの仕事は続けられますが、それでもより困難な海外に出て活動を続ける理由はどこにあるのでしょうか。
「やはり、自分にとって必要とされる居場所が感じられる瞬間がそこにあるからかもしれません。
海外の山に登りたいという方がいて、その方をサポートして時間を共有して満足して帰ってもらう。僕がガイドとして第一にやるべきことは、事故なく、怪我なく、無事に日本での日常にお客さんを帰すこと。狙った山に登頂できれば、お客さんも僕もさらにハッピーです。山ではお客さんと1対1ですが、その背後には家族や職場の方のように関わっている方がたくさんいる。その人たち全てに対して、責任を持つことがガイドの仕事でしょう。
そこにまだ求められるのであれば、僕は来年も再来年も、ヨーロッパでガイドを続けたいと思っています」
モンブラン、アイガー、マッターホルン。名前だけ聞くと、自分には縁のない山だと考えてしまいがちです。しかし、あなたの人生に何か誇れるものをお探しなら、こんな頼れる国際山岳ガイドと共に、憧れの名峰を目指してみるのも良いかもしれません。

滞在中に杉坂さんが愛用していたギア

「チョックストンアルパインLTフーディジャケット」

3,000m以上の高所に登る場合、夏場でも出発時はかなり冷え込むので、このソフトシェルジャケットをよく着ていました。以前はもう少し生地が厚いものを愛用していたのですが、行動中にどうしても熱がこもってしまう。しかし、薄いとクライミング時の耐久性に不安が出てくる。その点、僕にとってこのジャケットは厚みが絶妙です。

特にモンブラン山群は粗い結晶系の岩なので、薄い生地のウェアは引っ掻き傷が付いてすぐに破けてしまいます。これは多少引っ掻いても安心感があって、1シーズン着続けても全く問題ありませんでした。クライミング中に着ていても動きに違和感を感じたことがないので、ストレッチ性に関しても優れていると感じています。 ヨーロッパ滞在中は、9割以上がヘルメットを被ったまま行動していたので、大きめのフードはありがたかった。また、袖の形状は面ファスナーのカフを省いたタイプですが、時間にシビアな山では、いちいち調整し直すストレスがなくて良いですね。

ちなみに、僕は行動中に暑くなってくると、完全に脱ぐのではなく腕と肩を外して腰に巻いてしまいます。そうすると、ハーネスをサイズ調整せずにジャケットを脱いだ形になります。寒くなってきたら、そのまままた袖を通す。ヨーロッパの山は気温の変化が大きく、急に雪が降ってくることもよくあるので、こんな使い方が便利でした。

PROFILE

杉坂勉(すぎさか つとむ)
1968年、神奈川県・横須賀市出身。安曇野市在住。2015年に国際山岳ガイド資格を取得し、研修時代から20年近く通い続けるヨーロッパを拠点にガイド活動を行う。国内では冬季を中心に八ヶ岳でのアイスクライミングや登攀系、アルプスでのバックカントリースキーツアーなど、幅広いマルチなガイド活動をしている。