「同じ人間が、これを登ったのか…」
ロッククライマー・是永敬一郎は、現代クライミングの限界値ともいえるルートの難しさに圧倒されていた。と同時に、沸々と湧き上がるモチベーションを感じてもいた。
彼が6年振りに再訪したスペインの地で出会ったのは、ずっと“こういうラインがあったら”と思い描いていた、理想のルートだったのだ。
シウラナに行く道中での景色。クライミングエリア以外の場所にも無数の岩が存在している
今回は、6年ぶりの海外ツアーでした。ここ数年はコロナや仕事も落ち着いてきたので、そろそろチャレンジしてみてもいい時期かなと。
最近、国内ではボルダーの岩場での活動が多いのですが、僕はもともとリードがメイン。長年頑張っていた分野で、久しぶりにどのくらい登れるのかチャレンジしたい、という気持ちがツアーに出た理由です。
シウラナエリア、一本一本のラインが独立していて素晴らしいラインが無数にある
登りたい岩は世界中にたくさんありますが、選んだのはスペイン。じつはリードに関しては、世界で一番大きいエリアを持つといわれている国なんです。メジャーな岩場はいくつもあって、今回はバルセロナに近い地中海側に位置する、シウラナとマルガレフというエリアを訪れました。
マルガレフエリア。写真の通り日差しが強く、まるで夏のような陽気。道路沿いにエリアがありアプローチ0秒
2つのエリアの違いを簡単に説明するならば、今回メインで取り組んだシウラナは巨大な石灰岩の垂壁で、いわゆるロングルートが多い。幅広いレベルのクライマーが集まるメジャーエリアです。対して、マルガレフは一手一手に強度があって、ボルダーに近いような高難度の課題があることで知られているエリアです。
La Capella 5.15b/9b。ショートハードな1本。出だしのキーホールドが欠けてなくなってしまい、もう登ることはできないと言われていたらしい(トライを初めて2日目ぐらいまで、その情報は知らなかった)
ツアーメンバーは、僕とカメラマンの小澤信太くん。それに、楢崎智亜くんと野口啓代さんの4人。僕と智亜は同世代で、一緒に大会を回っていた期間も長かったので、ごく普通の友達って感覚です。啓代さんは、僕が高校生の頃にワールドカップを回り始めた頃から、ずーっと面倒を見てもらっているお姉さん的存在。カメラマンの信太くんも同じで、彼が現役だった頃からよく気にかけてくれるお兄さんです。
僕らがトライを行っているときに、ぶら下がりで撮影をしてくれた2人。手前が信太くん。そして奥にいるのが啓代さん
昔はワールドカップを転戦しているメンバーが、大会後にそのまま一緒にツアーをしていたこともあったみたいですが、自分が選手として出始めた頃には、“コンペティターはコンペだけ”っていう風潮があって。なので、今回のメンバーで海外の外岩に登りに行くのは初めて。すごく新鮮な感覚でした。
スーパーシェフ、信太くんによるディナー。スペインにきているのに毎日日本食を食べていました。この日のメインはトンカツ
この4人でクライミングに出かけて宿に戻ってくると、僕と智亜は何もしないでゴロゴロしている。その間に、啓代さんと信太くんが料理をしてくれるという生活です。コンペの時は、それぞれがホテル暮らしなんで、今回はこうした共同生活もすごく楽しかったな。
他にも、今回のツアー中は岩場で安間佐千さんや本間大晴くん、藤井快さんにも会いました。
滞在期間は、11月末から2週間。本当はいろいろな課題を触りたかったのですが、2週間という限られた時間の中で成果を残すためには、目的を絞らないといけない。
そこで、出発前に僕らが立てたプランとしては、マルガレフにある「First round first minutes(5.15b)」という日本人未完登のルートを本命に据えました。6年前のツアーでムーブはある程度手応えを掴んでいて、今回は完登するために練習と準備を重ねてきました。
夕方ごろのシウラナ。時期は冬だが暑くてトライできない時間も多々あった
しかし、感覚的にも行けると思えるものがあったのですが、6年前と比べると1ヶ月ほど訪れた時期が早かったせいで、連日20℃を超える天気に苦しめられました。かなり手汗をかいてしまうし、日没寸前までまともなトライができず、勝負するのにはちょっと厳しい状況でした。
啓代さんの本気トライ前の一コマ。夕日のコントラストが素晴らしく最高のロケーション
プラン通り、このルートに全ベットするか。かなり迷ったのですが、急遽、日陰になりやすいシウラナに移動して、他の課題を探すことにしました。
La Capella上部の核心。甘いカチからの強烈なデット
選んだのは、「La Capella(5.15b/9b)」。ルート長は15mぐらいの短い系で、その中に難しいムーブがぎゅっと詰め込まれている、こちらも日本人未完登の課題です。触ったのも、見たのも今回が初めてでした。
課題の構成としては、出だしが9割くらいの感覚で、最初の8mに難しいムーブが連続する。後半の上部は練習しておけば落ちないかな、というイメージです。なので、出だしのパートを集中的にバラして、一手一手に取り組みました。
マルガレフエリア、きついハングのこの壁にハードなルートがたくさんある
とはいえ、時間の猶予はわずか5日間。結局、最後にダイナミックに動いて遠いガストンを止める核心部が厳しく、そこが短期間では攻略できなかった。それに、ツアー後半に進むにつれて寒波が来てしまい、今度は寒すぎて課題にフィットさせられなかった。ムーブは固まっている感じで惜しいところまで行けたので、条件さえ整えば、次は登れる感覚はあります。
レストの日に訪れた、サンタリーニャエリア。巨大なケイブが特徴的
僕の場合、登りたい課題を選ぶ基準は、もちろんラインのかっこよさや岩の大きさもありますが、今大切にしているのはクライミングのムーブ。ムーブの難しさは、1つの基準になっています。例えば、長くて綺麗なラインだけど強度がないものより、短くてもぎゅっと難しいムーブが詰まっている、ボルダリングのような内容のルートをチョイスします
理由は2つあって。1つは、強度が高くて難しいルートは、挑戦できる時間が短いと思っていること。どうしてもアグレッシブな動きが多くなってくるので、もちろん人にはよりますが、年齢を重ねてきた時に対応できなくなるのではないかと思っていて、今はそういうルートを選びがちです。
もう1つは、できないムーブに対して、解決策を探しながらアプローチしていくのが好きなんですよ。長いルートは、どううまく繋いでいくかが問題で、ムーブ自体は意外と難しくないことが多い。それよりも、1手1手のムーブがハードで、どうしようもないくらいできないんだけど、それをちょっとずつできるように取り組んでいく方が楽しいと感じます。
perfect mundoにトライする自分。想像を絶する難しさに大興奮した
今回は難易度の高い課題をいろいろ触って回ったんですけど、中でも一番印象に残ったのは、断然「perfect mundo (5.15c/9b+)」です。まず、岩がデカくて、被っていてかっこいい。僕がずっと「こういうラインがあったらいいな」と思い描いていたものに、ビタッとハマるような課題でした。
ハードルートの中でもかなり有名なルートで、僕もアレックス・メゴスが登っている映像作品『ロットプンクト』を見たりして、知ってはいました。でも、実際に触ってみた正直な感想として、「これを僕と同じ人間が登れるんだ…」っていうくらい、衝撃的に難しかった。この長さで、このムーブで、こんなに悪いホールドが最後まで出てくるんだって。
触ってみて、「あ、これは手に負えないわ」って思うことは、正直、この10年くらいあんまり記憶にないです。perfect mundo は明らかに今の自分のレベルじゃ足りない、と思わされました。まさにKING LINE。生涯登りたいリストNo.1入り確定です。
左側から2人目の方が、かの有名なpusherのシェイパー。世界中のクライマーが集まるスペインの素晴らしいエリア
ツアーに出る前も、クライミングに対するモチベーションがなかったわけではないんですが、perfect mundoとの出会いは、久し振りに「もっとクライミング頑張りたいな」と思わされるものでした。考えながら年単位でトレーニングを積んでトライしに行く、というレベルの課題です。この課題に出会えただけでも、今回のツアーはすごく良い旅だったと思います。
スペインから戻ってきてからは、クライミングへの取り組み方がかなり変わりました。具体的には、岩場に行く頻度がすごく減りました。日本国内だけで見ると、難しい課題ってもう数えられるほどしか残っていないのですが、久々に海外に行ったら、まだ自分の手に負えない岩が無限にあることがわかった。これまでのように、時間があるときになんとなく岩場に行って登るような生活をしていたら、自分が求めているクライミングには届かないなと感じたので、最近は集中してトレーニングをして、自分が強くなった実感が得られてから外岩を触りに行く。
クライミングの時間が、以前よりぎゅっと濃くなった感覚です。
智亜とムーブを相談しながら構築。小学生ぐらいからの付き合いで、今もこうして一緒に登るクライミング仲間
自分のクライマーとしての強みと特徴は、コツコツ続ける根気強さと、できないことに対してストレスを感じづらいことだと思っています。普通はできなさすぎることって、つまらなく感じるだろうし、お手頃な課題をやった方が楽しいと思うんですが、僕の場合はそれじゃ刺激が足りない。それよりも、できないことにコツコツと取り組み続けて、最終的に克服できたときの達成感を味わいたい。
特に、できなくて悔しいって思う気持ちは大事にしています。楽観的だと、自分の弱いところと向き合う時間が少なくなる。より強くなるには、まず自分の弱さを認める必要がある。上達するには、特にその思考が大事です。
僕は小学5年生の頃に初めてコンペに出ました。自分的には結構いいところまで行けると思っていたんですが、他のジムから強い子がたくさんきて、結果はブービー賞だったんですよ。それが、めちゃくちゃ悔しくて。そこから、自分ができないことを潰していくようになって、急速に登れるようになりました。
さまざまな高難度課題に挑戦。いままで以上にクライミングを頑張りたいと思った
今、自分の中では2つの大きなプロジェクトがあります。瑞垣山にある「フローティン」というv16のボルダーが1つ、もう1つは奥多摩の「マチュリティー」という5.15aのルートです。ただ、このスペインツアーでかっこいい岩をたくさん見たこともあって、今後は自分で探し出したかっこいいルートを登ってみたいなとも考えています。
キャンプ4 ダッフル※ 石井スポーツにて限定販売
日本で長い距離を歩くときは、普通のバックパックを使いますが、ツアーに行くときはダッフルバッグが選択肢。借りられる車が小さいことも多いのですが、ダッフルバッグなら、トランクだけじゃなくて座席の足元にもぎゅっと詰められる。今回、僕は90ℓと40ℓのダッフルバックを持っていきました。4人で25kgの荷物を5個くらい持っていったんですが、ハードケースだったら車に乗り切らなかったと思います。
僕がバッグに求める第一条件は丈夫なこと。その点、このダッフルバッグは生地が強くて、雑に扱っても壊れないのがいい。ギアラックが外にあって、結構荷物が入るので、40ℓサイズでも必要なギア一式が十分収まります。普段、国内の岩場に行くときは40ℓを愛用しています。
*現行モデルは45ℓと95ℓの2サイズ展開
コンプレッサーアルパインフーデッドジャケット
大体ツアーの時は、どのギアも予備を含めて2つずつ持っていくんですが、これは1枚で大丈夫だと思えるくらい、とにかく丈夫。最近、冬はこれしか着てないくらい、相当信頼しています。
割と岩を探しに行ったり、着たまま藪に入ったりすることもあるんですが、破れる心配がありません(パーテックスカンタムプロのダイアモンドフューズリップストップを使用)。ビレイするときにもすごくいい。実際、アイスクライミングのビレイパーカーとしても使える仕様で、フロントはダブルジップ、さらにポケットもハーネスに干渉しづらい位置にデザインされている。お尻のところが少しドロップしているので、雪の上や冷たい岩の上に座っても安心です。
ハードウェアAPクロスオーバーパンツ
パンツはシンプルなものが好みなんですが、最近はこのモデルをヘビロテ中。トレッキング用のモデルらしいんですけど、クライミングにもすごく調子がいい。2色持っていて、大抵どっちかを履いています。
生地は適度な厚みがあって、他のパンツより温かい。けど、伸縮性がしっかりあって登りやすいし、化繊のツルツル系じゃなくてちょっと毛羽だった感じなので、ニーバーが効くんですよ。あと、ウエストが紐なことも大事なポイント。ベルトタイプのパンツは、ハーネスを付けて長時間ぶら下がっていると、結構食い込んで痛くなってくる。シルエットがクラシックなちょっと太めなのも、かっこよくて気に入っています。
コアエアシェルフーディ
ルートに登る時、フード付きのコアエアシェルジャケットはマストです。特に風が強い日は、一枚あるだけでだいぶ温かい。アップの時は、デフォルトで着ています。生地がめちゃくちゃ薄くて軽いので、着たまま登っていても気にならない。だけど、強度も十分高いから、岩場で気を使わないで済むところがいい。夏場に岩を探して藪に入ることあるのですが、半袖だと怖いし、長袖だと暑い。そんな時も、このジャケットの出番です。僕にとっては、クライミング兼藪漕ぎ用ジャケットって感じです。
かなりハードに使っていますが、まだ1度しか破いたことがない。それもポケットが枝に引っかかったまま飛び降りてしまったので、こりゃ破けて当然だよなというシチュエーションでした…。持ち運びの時に嵩張らないのもいいですね。
Text by Kei Ikeda
Photo by Shinta Ozawa, Keiichiro Korenaga
是永 敬一郎 ロッククライマー
1996年2月16日生まれ、出身地埼玉県。ルートクライミングを得意とするクライマー。2015年と16年に行われたアジア選手権リード競技で2連覇を果たし、ワールドカップ優勝、ワールドゲームズ優勝、その他国内コンペで好成績を残している。静岡県にあるclimbingJAM静岡店にて勤務しながらクライミング活動を続けている。